本堂修繕工事進捗状況(6月)

今朝方(6/18)、大阪を震源とする大きな地震が発生しました。被害がないことを切に願うとともに、大阪とその近辺にお住まいの方々の安全を心より祈念する次第です。

さて、先月に引き続き、写真を中心に本堂修繕工事の近況を報告します。

5月末の段階で上の写真のような状態だった本堂屋根ですが、

6月に入り、このように瓦を葺き始め、

北側内陣上の屋根や、主棟、下り棟等を残し、約1週間ほどで大方の部分を葺き終わりました。

檀信徒皆さまよりいただいた「奉納瓦」もすべて葺かせていただきましたが、住職であるわたしも、その内の何枚かを自ら葺かせていただきました。

大方の瓦が葺き終わり、上の写真のような状態だった足場も、

6月15日には、仮設屋根が取れました。仮設屋根は、大きな台風が来ると飛んでしまうかもしれないリスクがありましたので、これでちょっと安心です。

仮設屋根が取れ、日の光があたるようになった新しい本堂は、とても明るくなった印象です。

今後は、破風板と懸魚の設置、本堂裏側の屋根修繕の工程へ進みます。

本堂修繕工事の進捗状況

ご案内の「長泉寺本堂修繕工事」進捗状況をご報告いたします。ここ3ヵ月間の変化については、やはり目で確認するのが一番わかりやすいと思いますので、写真を中心にご説明させていただきます。

工事のための仮屋根ができた時点(3月中旬)では、上の写真のような状態にありました本堂の屋根ですが、

3月末にはご覧の通り瓦をすべて降ろし、

4月の頭には野地板を撤去。

4月、5月は、その野地板および垂木の撤去のみならず、屋根を支える桔木(はねぎ)等の構造強化作業を含む、屋根の修繕工事を実施。

本尊大祭が終わった5月9日には、内陣仏具一式を搬出。

同じく13日には、本尊脇侍仏像を客殿床間に遷座。

5月20日ごろには、屋根内部の構造強化と新しい垂木の設置が終わり、

すぐさま新しい野地板を葺く作業に入りました。

5月25日ごろには、その野地板設置作業も終わり、

同じく28日(当ブログ更新日)より、雨漏り除けのシートの設置作業に取り掛かっております。

それにしても、宮大工さんの卓越した技術には感心するばかりです。

わたしは作業を見守ることしかできないのですが、業者さん、宮大工さんとこまめにコミュニケーションを取ることを大切にしながら、工事の無事を日々祈り、新しくなる本堂の使用方法や荘厳、落慶法会等について、頭を巡らせています。

工事状況については、引き続き随時お知らせしてまいります。

よろしくお願いします。

第18回長泉寺寺子屋文化講座

5月17日、「第18回長泉寺寺子屋文化講座」を開講しました。

今回は、「岡山城の城郭配置をめぐる」というテーマのもと、元岡山市教育委員会文化財専門監で現在は岡山城天守閣展示物取扱専門員の出宮徳尚先生にフィールドワークの講師をお勤めいただき、岡山市街地を約6キロほど歩きながら、石垣や堀など城郭の形跡を追いました(参加者32名)。

なかなか暑い一日となり、歩くのも大変でしたが、岡山の歴史に興味のある参加者の皆様にとっては大満足の内容だったと思います。

長泉寺寺子屋文化講座は、二ヵ月に一度開催しています。ご案内の通り、ただいま本堂が改修工事中のため、境内を出てフィールドワーク形式にて開催しています。

次回もご期待ください。

万灯万華供養「本尊大祭」

5月5日から8日にかけて、毎年恒例の万灯万華供養「本尊大祭」を奉修しました。

一日三座のお勤めを三日間。最後の結願には、岡山結衆寺院の皆様ご参集のもと、中曲般若理趣三昧法会を厳修。未熟ながら、弘法大師の末徒として導師を勤めさせていただき、檀信徒各家精霊の菩提はもちろんのこと、縁のある方もない方も、一切すべての生きとし生けるものの幸福を祈念させていただきました。

ご案内の通り、本堂は現在改修中のため、外から見ると写真のような状態ではありますが、防塵シートの中は供養のためのたくさんの灯篭が掲げられています。

法要後には、倉敷一心念誦堂住職の佐伯隆快師よりご法話をいただきました。

ご参拝、ご協力いただきました皆様には、厚く御礼申し上げます。

楽陽廟「春秋祭」

当山永代供養塔「楽陽廟」にお祀りされる各家の御霊を追悼し、またその菩提を祈る「春秋祭」を本日(4/21)、奉修いたしました。

天候に恵まれ新緑がまぶしく輝く中、約50名の方にご参拝いただき、皆様とともに勤行をあげ、また、「光明真言」を唱えながら楽陽廟内を練供養いたしました。

さらには併せて、毎月恒例の「弘法大師縁日法要/写経/空海プログラム(法話)」も行っております。

「春秋祭」は、毎年4月21日と11月21日に行っておりますので、ご法縁のございます方にはどうぞよろしくお願いします。

 

本堂の屋根修繕

本堂修繕工事が重要な作業を迎えています。

古くなっていた屋根瓦と野地板の撤去が終わり、屋根の中の構造修繕が行われています。

重い屋根を50年以上にわたってささえていた垂木は、場所によっては折れていたり曲がっていたり、骨組だけになるとそれらがよくわかります。

重さに耐えきれず落ちていた隅棟は、宮大工さんの職人技で元の位置に戻され、屋根の左右がシュッと持ち上がったような印象です。

今後、屋根全体の形を格好よく整え、負荷がかかる部分や弱い部分を補強するために、さらなる内部構造の調整に入ります。

 

なお、当作業のため、境内には作業車、資材等が置かれていますので、お参りの際はくれぐれもご注意いただきますようご協力をよろしくお願いします。

東日本大震災から7年に思う

あの日から7年が経ちました。

7年前、わたしはAMDAの調整員として震災の一週間後に被災地に入らせていただきました。

ご遺体の安置所で読経をしたり、避難所となっていた寺院で一緒にお祈りをしたり、ちょっとでも力になれたらと、坊さんとして出来ることを自分なりにやらせていただいたつもりですが、力をいただいたのはむしろわたしの方で、多くのことを学び、励まされ、そして今日があると強く感じています。

当時、妻のお腹には赤ちゃんがいたので、10日間ほどで岡山に帰らなくてはならなかったのですが、その子がこの春に小学生ですから驚きです。それほど時間が経ったということなんだなと。

一方で、7年経った今日でも、昨日のことのように思い出すあの壮絶な景色、街の匂い。
東日本太平洋側一帯を襲った激震と津波は、16,000人もの生命を奪い、街を破壊し、併せて原発事故は多くの方の故郷やコミュニティ、暮らしを奪いました。未だ行方不明の方が2500人。震災関連死者が3600人で、そのうち2200人が福島の方です。

筆舌には尽くしがたいこの大きな悲しみに少しでも寄り添えればと、一昨日(3/10)は実行委員会のメンバーとして「3.11への祈り おかやま ~追悼と脱原発のつどい~」を主催し、昨日(3/11)は、RNN人道援助宗教NGOネットワークの仲間の皆さまとともに、神道山御日拝所で多くの御霊に祈りを捧げさせていただきました。

 

多くの方の人生があの日で大きく変わってしまったわけですが、私も価値観がかなり変わりました。以来、この7年間、出逢った仲間とともに、原発事故を含む被災地復興、被災者、避難者支援に種々取り組ませていただいたのですが、その中でこの国の政治、民主主義、そして、それらを支える文化へと問題意識は変遷していきました。さらには、そこに宗教が大きく影響していることを学び、新たな視点で自らの宗教も見つめなおすようにもなりました。

おかげで少しは成長しているかと思いますが、その分失っていくものも多いことを実感しています。決断力やフットワークは、20代の頃から比べると相当落ちています。家族が増えたことも大きいですが、父である名誉住職も老僧の域に入り、たとえば今どこかで大地震が起きたとしても、被災地へ行けるような状態にはありません。また、政治的なことに多少関わるようになって以降は、色眼鏡で見られることも増え、私のもとを去った友人、知人も少なくありません。

出逢いあり、別れありの7年間。

今、あらためて、仏道を真っすぐに歩みたいと感じています。

 

 

これから8年目が始まります。

大乗仏教は「自利利他」を説きますが、わたしが尊敬するある方は「真言行者は一向利他に生きるのだ」とおっしゃっていました。つまり、ひたすらに利他。人を救うことにすべてをかけること。それが即ち自身即仏。

出来る限り、真言行者の勤めを果たしていきたいと考えています。

 

回向 東日本大震災被災物故者精霊

合掌

本堂大改修工事がいよいよ始まります。

すでにご案内の通り、当山現本堂の大改修工事がいよいよ始まります。

先月(2月)8日には「現本堂見納会」を行い、檀信徒皆様とともに、工事の安全祈願を行いました。

中外日報さんには、当事業を記事にしていただいております。

わたしが平成21(2009)年に晋山させていただいて以降、総代会で何度も協議をしてきたこの大事業がついに施工に至るということで、いよいよ気が引き締まる次第です。現在は、工事に必要な足場を組む作業に取り掛かっております。どうか天候には恵まれますように、と祈るばかりです。

永代供養塔「楽陽廟」等へのお参りは、これまで通りいつでもできますのでご安心ください。なお、工事車両、資材等が境内にございますので、くれぐれもご注意ください。

 

 

平成30年節分星まつり

2月3日の夜、当山では「節分星まつり」で盛り上がりました。

土曜の夜ということもあり100名を超えるお参りをいただき、本堂にぎっしりいっぱいで、大変賑やかでございました。

法要では、除災招福、厄除祈願の「星供」に釜鳴護摩を併修し、厄払い。

法要の後は、毎年恒例の「備前太鼓唄普及会」の皆様による「備前太鼓唄獅子舞」を奉納いただきました。

皆様、良い春をお迎えください。

お手伝いいただきました皆様、ご参拝いただきました皆様、本当にありがとうございました。

長泉寺杖心会「白須賀蔵法寺参拝の旅」

1月27日(土)、28日(日)の二日間、長泉寺杖心会で静岡県湖西市白須賀にある曹洞宗蔵法寺様への団参を行いました(参加22名)。

蔵法寺様とのご縁は、池田藩第二代藩主・池田綱政公の時代にさかのぼります。

綱政公が参勤交代で江戸へ出向かれた帰り、東海道白須賀宿でお休みになられていた夜、枕辺に観音菩薩が立たれ「われはこの地の観音なり。今から大急難あり。ただちに去るべし」とおっしゃったそうです。綱政公は慌てて宿を出発し、白須賀の町を抜けると大きな地響きとともに大地震が発生。白須賀の町は大津波に襲われました。日本災害史上最も甚大な被害をもたらした「宝永の大地震」がこれです(宝永4年・1707年)。

 

帰藩した綱政公は後楽園に慈眼堂を建立し、その本尊に「白須賀観音」を安置しました。その後、旭川の中州である後楽園では水害に見舞われることが多く管理が難しいことから三野の法界院に移されましたが、法界院でも火災被害が起こり、ご縁あって当山で今日祀られています。

この白須賀観音ですが、元は白須賀の潮見観音であり、蔵法寺様でお祀りされている観音様です。当山一行は、潮見観音が祀られる「潮見大悲殿」で般若心経、妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五偈文をお唱えし、法楽を奉げました。

その後、おんやど白須賀を見学し、浜松市へ移動。「浜松市楽器博物館」、「浜松城」、「うなぎパイファクトリー」、「エアパーク浜松」を観光し、参加者皆様と楽しい時間を過ごすことが出来ました。

ご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

 

写真は、う巻きならぬ、「うなぎパイ巻き(クレープ)」です。さすが浜松!