東日本大震災から7年に思う

あの日から7年が経ちました。

7年前、わたしはAMDAの調整員として震災の一週間後に被災地に入らせていただきました。

ご遺体の安置所で読経をしたり、避難所となっていた寺院で一緒にお祈りをしたり、ちょっとでも力になれたらと、坊さんとして出来ることを自分なりにやらせていただいたつもりですが、力をいただいたのはむしろわたしの方で、多くのことを学び、励まされ、そして今日があると強く感じています。

当時、妻のお腹には赤ちゃんがいたので、10日間ほどで岡山に帰らなくてはならなかったのですが、その子がこの春に小学生ですから驚きです。それほど時間が経ったということなんだなと。

一方で、7年経った今日でも、昨日のことのように思い出すあの壮絶な景色、街の匂い。
東日本太平洋側一帯を襲った激震と津波は、16,000人もの生命を奪い、街を破壊し、併せて原発事故は多くの方の故郷やコミュニティ、暮らしを奪いました。未だ行方不明の方が2500人。震災関連死者が3600人で、そのうち2200人が福島の方です。

筆舌には尽くしがたいこの大きな悲しみに少しでも寄り添えればと、一昨日(3/10)は実行委員会のメンバーとして「3.11への祈り おかやま ~追悼と脱原発のつどい~」を主催し、昨日(3/11)は、RNN人道援助宗教NGOネットワークの仲間の皆さまとともに、神道山御日拝所で多くの御霊に祈りを捧げさせていただきました。

 

多くの方の人生があの日で大きく変わってしまったわけですが、私も価値観がかなり変わりました。以来、この7年間、出逢った仲間とともに、原発事故を含む被災地復興、被災者、避難者支援に種々取り組ませていただいたのですが、その中でこの国の政治、民主主義、そして、それらを支える文化へと問題意識は変遷していきました。さらには、そこに宗教が大きく影響していることを学び、新たな視点で自らの宗教も見つめなおすようにもなりました。

おかげで少しは成長しているかと思いますが、その分失っていくものも多いことを実感しています。決断力やフットワークは、20代の頃から比べると相当落ちています。家族が増えたことも大きいですが、父である名誉住職も老僧の域に入り、たとえば今どこかで大地震が起きたとしても、被災地へ行けるような状態にはありません。また、政治的なことに多少関わるようになって以降は、色眼鏡で見られることも増え、私のもとを去った友人、知人も少なくありません。

出逢いあり、別れありの7年間。

今、あらためて、仏道を真っすぐに歩みたいと感じています。

 

 

これから8年目が始まります。

大乗仏教は「自利利他」を説きますが、わたしが尊敬するある方は「真言行者は一向利他に生きるのだ」とおっしゃっていました。つまり、ひたすらに利他。人を救うことにすべてをかけること。それが即ち自身即仏。

出来る限り、真言行者の勤めを果たしていきたいと考えています。

 

回向 東日本大震災被災物故者精霊

合掌

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